以下のメルマガ内で執筆している「オランダよもやま話」、(その12)はアンネ・フランクと第二次世界大戦のことを取り上げることにしました。次号にもつづきを書く予定です。

実践オランダ語講座Vol.18

なお、いつもこの画像資料ページには、上のように元ネタを紹介していますが、これは最新号しか反映されません。なので、過去にさかのぼって読んでいただく場合には、メルマガに登録(もちろん無料です)していただくしか、手段がないようです。これは東京のとある翻訳会社で編集しているメルマガなので、私にはどうしようもありません…すみません!

さて、では、今回の画像資料、私の「ひとりごと」を交え、ご紹介しましょう。

先週、6月12日に見ていた「アンネの80歳の誕生日」関係の番組から、こっそり盗み撮り(笑)した画像です。はじめは、みなさまおそらくお馴染みの…

アニメ中のアンネ

番組中では、ゲストたちが日記の一部を朗読していました。この方は、戦後オランダ文学三大作家のうちで、いまだ唯一ご健在(7月で82歳!)のハリー・ムリシュ(Harry Mulisch)さんです。実際に読んでいるのは、書籍版ですが、そのかたわらには、赤白チェックの日記も置いてありますね。

「アンネの日記」を朗読するムリシュ

ハリー・ムリシュさんは、ご自身のことを"Ik ben de Tweede Wereldoorlog.(わたしそのものが第二次世界大戦だ、という意味です)" と仰っていますが、それはなぜかといえば、ムリシュさんの母親がユダヤ系、父親はナチスの下に勤務していたハンガリー系オーストリア軍人(戦後逮捕されました)だったからです。

番組ゲストとして、収容所時代のアンネを知っている方々が何人も当時の話をなさっていましたが、アンネたちの隠れ家生活を全面的に助けたミープさんも、隠れ家にドイツ兵が踏み込んできた時のことなども話されていました…とはいえ、ミープさんはもう公けにはお出にならないようですから、録画でしたが。

ミープさん

ミープさんご自身は、11歳の頃からオランダ家庭の養女として育ったオーストリア人です。100歳になられ、今なお、お元気だそうです。なにか、ミープさんは、収容所で命を奪われた「隠れ家」の人々の分まで長生きをされているかのようにも思えてしまいます…

ところで、私の持っている『アンネの日記』は、こんな本です。

mijnhetachterhuis-kaft.jpg

いつか、古本屋さんで見つけたものです。もとの持ち主は、M.Verheulさんという方らしい(笑)。「第6版」とあり、結構古いのではないでしょうか。5.-がギルダーだったか、ユーロだったかという記憶も曖昧(笑)。

mijnhetachterhuis-titelpagina.jpg  mijnhetachterhuis-vorigeeigenaar.jpg

実は、私、幸か不幸か、小さい頃はまったくぜんぜん文学少女なんかではありませんでしたから(男の子と一緒に野球なんかして、外で真っ黒になって遊んでいた)、日本語翻訳版の『アンネの日記』というものを一度も読んだことがありません。でも、それがなんなのかは、ピアノの先生のところに待ち時間用として置いてあった「マンガ本」で知ってはいました。翻訳者の深町先生に申し訳ない…まあ、でも、日本語版はもともと英語版からの翻訳です。私としては、まず原作のオランダ語で読み、翻訳版の日本語を拝読するというのが正しい順序(笑)かと…

mijnhetachterhuis-eerstedag.jpg  mijnhetachterhuis-laatstedag.jpg  mijnhetachterhuis-laatstepagina.jpg

画像は、左から、日記の第一日目、1942年6月14日(書き出しは、上記赤白チェックの表紙の日記をもらった12日の誕生日の朝のことですね。)、最後の日記、1944年8月1日の自筆稿写真、そして、右が書籍中の最後の日記のページです。

隠れ家が暴かれ、アンネたち8人がナチスに連行されたのは、この3日後、8月4日のことでした。

うわーん、うちの愛猫たちの誕生日と同じ日です…(涙)

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【2009/06/1620:56】 |『実践オランダ語講座』メルマガ用参考資料
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