今回は、シンタクラースとサンタクロース、そしてクリスマスのことを書きました。

実践オランダ語講座Vol.10

17世紀にニュー・アムステルダム(現ニューヨーク)に伝わったとされるシンタクラースが、徐々にサンタクロースへと姿形を変えていった、その謎を私なりにもう少し探ってみました。

以下は、17世紀オランダ本国のシンタクラース祭を描いた絵画です。
Jan Steen(ヤン・ステーン)作。

publieke-termijn-wiki-Jan_Steen_Het_Sint_Nicolaasfeest.jpg

これを見ると、この頃すでに、今でもこのお祝いにつきものの独特のスパイス(スペキュラースと言います)入り焼き菓子があったことがわかります。

さて、この時代、オランダではVOC(東インド会社)という貿易会社を設立し、カープ(現ケープタウン)や上海、バタヴィア(現ジャカルタ)などに拠点を増やしていました。長崎の出島もそのひとつです。そして、こちらはあまりよく知られてはいないようですが、当時のオランダ政府(ネーデルラント連合国)は、実はもうひとつ、WIC(西インド会社)という、新大陸、つまりアメリカ、南米方面との貿易のための会社も持っていました。現在、そのなごりとして関係が残っているのは、スリナムやキュラソー島などがあるアンティルといった国々(「カリブの海賊」の世界…)なのですが、当時は現在のニューヨークにも拠点があり、そこは「ニュー・アムステルダム」と呼ばれていました。

その土地を原住民インディアンから二束三文で譲り受けたとかなんとか、そのいきさつについては私は詳しくありません(笑)が、そんなわけで、本国オランダでのシンタクラースの習慣が「ニュー・アムステルダム」に持ち込まれたとしても、なんら不思議はないと思います。

では、私達もその17世紀の「ニュー・アムステルダム」をちょっと覗いてみましょうか。

nieuwamsterdam.jpg

この絵は、ちょうど、上陸間際の景色のようでもあり、なんとなくわくわくしませんか。ニュー・アムステルダム、こうしてみると、立派な(笑)「村」ですね。とはいえ、ご本家アムステルダムもようやく黄金時代を迎えたばかり、それ以前はやはり、「村」の域を出ない規模だったようです。

そうそう、ニュー・アムステルダム「オランダ村(笑)」の地図というのを見つけました。区画の薄くなっている部分は、現在のニューヨーク(マンハッタン島)の地図だそうです。

nieuwamsterdamDe Castello kaart (1660) over een moderne stratenkaart van Manhattan

「壁」に沿って歩く、17世紀のオランダ人たち。

manhattan-muur.jpg

今度はカラー版の地図でどうぞ。

manhattan-dutchcolormap.jpg

「壁」というのは、地図の向かって右の方、町の境界線となっている長い道ぞいにあります。これを見て、いまさらながら気づいたのは、「壁」は英語でwall、そう、そこは、かのウォール街!ということです。それが脳内で合体した瞬間、思わず笑ってしまった私でした。

この小さなニュー・アムステルダムのシンタクラースが、今のサンタクロースの「もと」になったのですね。

ちなみに、

berkastelkues10smallnc1.jpg

これは、聖ニコラースさま本来のあるべき御姿ですが、

私の勝手な想像として、ニュー・アムステルダムが英国領ニューヨークとなり、シンタクラースが英国へ「輸入」された時、シンタクラースはもうすでに原型から少し離れ、クリスマスと合体していたのではないかと思います。以下は、ディケンズの『クリスマス・キャロル』からの挿絵だそうです。

373px-Scrooges_third_visitor-John_Leech2C1843.jpg

シンタクラースともサンタクロースともどちらともつかない人物(?)がいますね?緑の服を着ているのは、その頃、ニューヨークではドイツ・北欧などゲルマン系移民のもたらした聖ニコラース以外の他の民族伝承も混ざり合っていたからではないでしょうか?

例えば、こんなおじさんとか(これはドイツ)、

knecht-ruprecht.jpg

こんなのとか(これは北欧)、

Santaandgoat.gif

こういう、キリスト教の国々では、聖ニコラースは聖人として知られていたのですから、サンタクロースの配合成分(笑)には、意図されたものも含め、かなりたくさんの「偶然」があるのではないかと思います。

こうして、アメリカでは、徐々に、アメリカ人によるアメリカ人のためのシンタクラースサンタクロースが確立していき、それが世界中に広まったということのようですね。そして、「シンタクラース国」オランダでのサンタクロースの受け入れ方は、メルマガ内に書いたとおりです。

BE001052.jpg

ところで、ニュー・アムステルダム時代のシンタクラース祭を描いたものというのは、どうも残っていないらしいのですが、その伝統を今に伝え、毎年シンタクラース・フェアを催している団体のHPを発見。ここはその昔、オランダ移民の町だったようです。

アメリカのシンタクラースフェア

シンタクラースの説明やパレードの写真など、とても面白いと思います。白馬に跨るシンタクラースのお供がグルンパス(grumpus)という妖精だったり、クリスマスツリーも当然のように(オランダでは、12月6日過ぎでないとクリスマスツリーは出回りません)飾られていたり・・・ほかにも種々の要素がまぜこぜになっていて、そうか、これが新大陸「アメリカ」、なんでもありの太っ腹なアメリカなのか(爆)と、妙に納得したり・・・

なにはともあれ、お元気でご活躍のようす、なによりです(爆)。

最後に、サンタクロースつながりで、クリスマスツリーの写真をいくつかご紹介します。はじめは、2猫つながりでブロ友になっていただいた在ニューヨークの猫キチさんよりお貸しいただいた、ロックフェラーセンターの(2008年版)クリスマスツリー、

Rockfellercenter-2008NY.jpg

そして、下のは、アムステルダムの王宮(その昔は市役所だったそうです)前、ダム広場のツリーです。見ず知らずのオランダの方(障害児教育がお仕事のようです)にご了承を得て、貸していただきました。

Dam2008.jpg

どちらにもそれぞれの美しさがありますね。

わが家のは、実は紙製です。結局は捨ててしまう生木のは、もう、なんだか買う気が起こらなくなってしまいました。わが家など「八百よろず」派の敬意の示し方としては、このくらいで充分かと・・・

mijnboompje.jpg

でも、それなりにきれいなのを選んだつもりです(←バチカン方面への釈明)。

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豪州サンディ
新年明けましておめでとうございます。
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2009/01/05(Mon)06:26 | URL | 豪州サンディ #iR.QoHJk[ 編集]
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