今回も、「ライデンのレンブラント」について書いています。

実践オランダ語講座vol.22

以下は、レンブラントのパパ、ハルメン・ファン=ラインさんをモデルに描かれた絵だそうです。

rembrandt20vader.jpg

そして、1629年頃の青年レンブラント。少年時代のポートレートは残念ながらないようです^^;
上の絵画が描かれたのも、だいたい同じ頃ではないかと思います。レンブラントは下から二番目の子どもだったそうですから、だいぶ年の離れた親子だったことでしょう。

464px-Jan_Lievens_Portrait_of_Rembrandt-ca1629.jpg

次は、ラテン語学校です。

latijnsschool-1.jpg  latijnsschool-2.jpg

写真の中の中央奥の建物です。右は入り口です。風車守の子、レンブラントくんは、家からとことこ歩いてここへ通っていたわけです。

実は、うちのご近所に、ライデン市のボランティアガイドをしているフランクおじさんという方がいます。そのフランクおじさんいわく、「ラテン語学校に通うのは基本的には良家の子息ばかりで、職人の子レンブラントなどはたぶん例外的な存在だっただろう。ただ、レンブラントの父親の風車の仕事は順調で、母親の実家も裕福なベーカリーだったことでもあり、経済的に豊かだった。跡継ぎは長男だし、他の兄姉も堅気に暮らし、ほぼ末っ子のレンブラントはたぶん父親にとても可愛がられて育ち、比較的自由にされていたのではないか。父親も、金持ちだったから息子を1人くらいラテン語学校へやろうと思ったのではないか?」だそうですが…ほかにも、大学に登録した理由についてなど、地元ならではのおもしろい話をたくさんしてくれましたが、これは確固たる証拠でもなければ学術書などには掲載されない類のことだろうと思われます。でも、私はそういう話が好きな方です(笑)。

さて、最後は、レンブラントが初めて絵のレッスンを受け、修業した、ファン=ズヴァーネンブルフ(Jacob Issacsz.van Swanenburgh)のアトリエだったところです。写真中、真ん中の建物です。

langebrug.jpg

このファン=ズヴァーネンブルグというのは、かのボッシュのような絵を描く方だったようです。以下に、2作ほどご紹介しておきます。

jacob-van-swanenburg1.jpg  jacob van swanenburg1

ちなみに、オランダの美術史家などの書いた資料を読むと、レンブラントがこのアトリエで主に学んだのはエッチングの技法だったということですが…確かにそうかもしれないという気も…?

「ライデンのレンブラント」プチ・ネット散策でした。









【1970/01/0109:00】 |『実践オランダ語講座』メルマガ用参考資料
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