前号よりの続きです。重い話ではありますが、私などオランダで生活する者にとっては、知っておいた方がよいことの一つなのではないかと考えています。

実践オランダ語講座Vol.19

などと、ご大層に書いてしまっておりますが…しょっぱなから大訂正しなくてはならないことが…(赤恥)

私の執筆記事の冒頭、ロッテルダムの爆撃が5月13日とありますが、これは14日の大間違いです。すみません。なにを勘ちがいしたのか、私…

下の画像は、左が1940年5月14日のロッテルダム空襲後の町、そして右は2007年の5月14日に記念プロジェクトを行なった際の町の夜景だそうです。夜空に向けて、いく筋も光を照射したのですね。

mei1940-Rotterdam.jpg  Rotterdamherdenkingsproject07.jpg

この空襲のあった14日の深夜、ロッテルダム郊外の小さな村で、ナチスドイツのオランダ占領が正式に決まってしまったそうです(涙)。ですから、実質的に占領下に置かれたのは、15日からですね。

現在のロッテルダムは、キュービックハウスなど面白い建物をはじめとして、現代建築の先端をいくような都市となっていますが、戦前は、アムステルダムと同じような町並みだったそうです。ロッテルダムの市立古文書館のウェブサイトには、戦火で失われた歴史的な建築物がリストアップされているページがあります。

さて、その約半年後の1940年11月、ライデン大学にて反ナチスの大演説を行なったクレーヴェリンガ(Cleveringa)法学部長というのは、こんな方です。

Cleveringa.jpg

そして、ナチスドイツによって職を追われ、収容所に送られたメイヤース教授。

Meijers.jpg

戦後、生還したメイヤース教授が国からの要請によりその編纂に着手したオランダの新民法(Burgerlijk Wetboek)の現在の姿は、例えばこのようなものとなっています。

Burgerlijk-Wetboek.jpg

なぜか、わが家にもひと組あります^^

ところで、アムステルダムには、オランダのユダヤ人迫害の記念碑があります。これは、作家でアーティストの故ヤン・ヴォルカース(Jan Wolkers)の作品です。

Nooitmeer-Ausch-Wolkers.jpg monument-wolkers.jpg

ガラスの記念碑には "Nooit meer Auschwitz"(「ノーモア・アウシュヴィッツ」の意)と刻まれています。ヤン・ヴォルカースは、反社会的だったり、エログロだったりと、なにかとセンセーショナルな小説を書いた作家ですが、その反面、自然と平和を愛し、晩年はテッセル島に自宅兼アトリエを移し、2007年秋に亡くなるまでそこで創作活動をしていました。

Jan_Wolkers.jpg

アーティストにありがちな、ちょっと変な人(笑)でしたが、ある意味偉大でもあったと私は思っています。猫好きだったし…(←コレが、私的には最も偉大な点?)

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【2009/07/0619:27】 |『実践オランダ語講座』メルマガ用参考資料
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